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福岡地方裁判所 昭和39年(ワ)534号 判決 1969年10月20日

原告 有限会社音響堂

右代表者代表取締役 蒲池健次

右訴訟代理人弁護士 松岡益人

被告 東芝商事株式会社

右代表者代表取締役 岩下文雄

右訴訟代理人弁護士 松永初平

同 山崎辰雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

(原告)

一、被告は原告に対し、金五、〇六五万〇、一六六円、及び内金四〇八万四、〇〇〇円に対する昭和三四年九月一日から、内金四万四、九六八円に対する同三五年一月一日から内金五七三万七、〇〇〇円に対する同年九月一日から、内金二万〇、五二〇円に対する同三六年一月一日から、内金七四七万四、〇〇〇円に対する同年九月一日から、内金二万〇、五二〇円に対する同三七年一月一日から、内金一、〇四九万七、〇〇〇円に対する同年九月一日から、内金二万三、九三六円に対する同三八年一月一日から、内金九三一万三、〇〇〇円に対する同年九月一日から、内金二万五、六四四円に対する同三九年一月一日から、内金六四一万四、五四八円に対する同年五月一日から、内金五〇万円に対する同年六月二三日から右各支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

(被告)

主文第一、二項と同旨の判決、及び被告敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱の宣言、

第二、原告の請求原因

一、原告は昭和三四年二月二七日訴外株式会社雄工社無線(以下雄工社無線という)から、その所有する電気製品の部分品等の商品を代金一一〇万九、一二〇円で買受け、かつ右会社が訴外株式会社入江倉庫(以下入江倉庫という)に入質していた家庭用電気製品等の商品を、金二二五万五、七七五円の被担保債務を引受けるとともに、金一五万円で買受けた。

二、しかるに被告は、原告の右買受け行為は、原告及び雄工社無線において、当時右会社に対し金八八八万八、六五八円の売買代金債権を有していた被告を害することを知ってなした詐害行為であると主張して、原告を相手方として前記各商品の処分禁止の仮処分を申請し、昭和三四年三月一〇日当庁昭和三四年(ヨ)第七九号事件の仮処分決定に基いて別紙目録記載の物件(以下本件物件という)に対してその執行をし、原告において右物件を保管したが(以下これを本件仮処分という)被告は更に同月二六日原告を相手取って原告が雄工社無線との間で昭和三四年二月二七日になした本件物件の売買行為を取消し、かつ右物件を被告に返還すべき旨の詐害行為取消及び物件返還請求の訴訟を当庁に提起し、当庁昭和三四年(ワ)第二七三号事件として審理された。しかし右事件については昭和三六年一二月二二日当庁において請求棄却の、同三七年六月二一日福岡高等裁判所において控訴棄却の、更に同三九年三月一一日最高裁判所において上告棄却の各判決がなされ、右判決は確定した。

三、しかし原告は、被告の故意または少くとも過失による本件仮処分の執行により次のとおりの損害を蒙った。

(一)  本件物件の右仮処分当時の価額は合計金五九〇万円であったが現在は合計金一四七万五、〇〇〇円に価額が下落しているので原告は本件仮処分によりその差額の金四四二万五、〇〇〇円の損害を蒙った。

(二)  原告は右仮処分の執行期間中本件物件を訴外日東倉庫株式会社に寄託して保管させていたから、同会社に対し次のとおり右物件の保管料を支払った。

(1) 昭和三四年三月一日から同年一二月末日までの分として金四万四、九六八円、及びいずれも毎年一月一日から同年一二月三一日までの一ヶ年として、(2)同三五年と(3)同三六年分として各金二万〇、五二〇円(4)、同三七年分として金二万三、九三六円、(5)同三八年分として金二万五、六四四円、(6)同三九年一月一日から同年四月末日までの分として金八、五四八円、

そこで原告は本件仮処分により右合計金一四万四、一三六円及びいずれも右各金員の支払期日の翌日である(1)記載の内金に対する昭和三五年一月一日から、(2)及び(3)記載の各内金に対する同三六年一月一日及び同三七年一月一日から(4)記載の内金に対する同三八年一月一日から、(5)記載の内金に対する同三九年一月一日から、(6)記載の内金に対する同年五月一日から右各支払済みまで、夫々民法所定の年五分の割合による遅延損害金相当の損害を蒙った。

(三)  原告が本件仮処分の執行期間中に本件物件を販売してその売買代金を営業のために運用できたとすれば得べかりし利益の喪失により、別表記載の方法によって算出した次のとおりの損害を生じた。

(1) 昭和三四年三月一一日から同三四年八月三一日までの分が金四〇八万四、〇〇〇円、及びいずれも毎年九月一日から翌年八月三一日までの一ヶ年として、(2)同三四年分が金五七三万七、〇〇〇円、(3)同三五年分が金七四七万四、〇〇〇円、(4)同三六年分が金一、〇四九万七、〇〇〇円、(5)同三七年分が金九三一万三、〇〇〇円、(6)同三八年九月一日から同三九年四月三〇日までの分が金七八三万三、〇〇〇円、

そこで原告は本件仮処分により、少くとも右(1)ないし(5)及び(6)のうち金六四〇万六、〇〇〇円の合計金四、三五一万一、〇〇〇円、及びいずれも右各損害の発生した翌日である(1)記載の内金に対する昭和三四年九月一日から(2)記載の内金に対する同三五年九月一日から(3)記載の内金に対する同三六年九月一日から、(4)記載の内金に対する同三七年九月一日から、(5)記載の内金に対する同三八年九月一日から、(6)記載の内金に対する同三九年五月一日から右各支払済みまで、夫々民法所定の年五分の割合による遅延損害金相当の損害を蒙った。

(四)  更に原告は昭和三九年五月一日から本件仮処分が解放された旨の通知書を受取った同年七月一八日までの間一ヶ月に金二、一三七円の割合による本件物件の保管料を前記日東倉庫株式会社に支払わなければならないので、右合計金五、五一四円(円未満は切捨)の損害を蒙った。

また原告は右期間中本件物件を販売して得べかりし利益の喪失により、前記(三)の(6)の金額の約八分の一にあたる少くとも一ヶ月に金八〇万円の割合による合計金二〇六万四、五一六円(円未満は切捨)の損害を蒙った。

(五)  また原告はその肩書住所地に本店の、また福岡市北高宮町一番地に支店の各店舗を設けて営業し、昭和三三年から同三八年までの間には一年に金六、六〇〇万円ないし金九、二〇〇万円の商品の売上金を得ていた。しかるに被告は、昭和三四年三月中旬頃福岡市内において、原告が前記のとおり雄工社無線から商品を買受けた行為は不徳義で詐害行為である旨、及び原告に対して本件仮処分をした旨を、原告の同業者である訴外小田利義、同岡田与三吉他数一〇名に流布して原告の名誉を毀損したので、原告は右名誉毀損により少くとも金五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三九年六月二三日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金相当の損害を蒙った。

四、よって原告は被告に対し、前記第一の一の請求の趣旨記載のとおり、以上の(一)ないし(五)の合計金五、〇六五万〇、一六六円及び前記(二)ないし(五)記載のとおりの各内金に対する各遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁と抗弁

一、原告の請求原因中第一、二項の各事実は認めるが、その余の事実は否認する。なお被告は次のとおり十分な調査研究をしたうえで原告と雄工社無線との間の本件物件の売買行為が詐害行為になるものと判断して本件仮処分を申請したものであり、原被告間の詐害行為の取消請求訴訟で原告の善意の主張が認容されたのは、通常人としての被告の予見し得ない特別の事情に属するから、本件仮処分の執行につき被告にはなんらの故意過失も存在しない。

即ち昭和三四年二月二八日に雄工社無線が閉店後被告が調査したところ

(1)  雄工社無線は昭和三三年一一月頃から経営状態が極度に悪化していたが、同三四年初め頃からは被告からの商品の仕入量を急激にふやして、仕入商品の一部を投売りし、右会社の代表者はその売上金を持って行方をくらましたこと、

(2)  雄工社無線と原告とはいずれも電気器具の販売業を営む同業者であり、かつ双方の代表者は個人的にも友人で互に商品や金員を融通し合う間柄であったうえ、双方の店舗も僅か一五〇メートル離れていたにすぎず、両者の取引関係は極めて密接で互に経営内容を熟知している間柄にあったこと、

(3)  更に雄工社無線は手持商品を仕入価額から四割も値引するという全く採算を度外視した価額で原告に売却して居り、また代金三五〇万円相当の商品を僅か金二二五万円で他に入質して居り、原告も右入質商品を僅か金一五万円で買受けて、結局仕入価額の七割程度の安値でこれを取得したこと、

以上の各事実が判明したので、被告は雄工社無線の原告に対する本件物件の売渡行為は、被告をはじめ雄工社無線の一般債権者を害する詐害行為になるものと判断し、かつ弁護士も同一の意見であったので、被告は弁護士に委任して本件仮処分を申請しそれが許容されたものである。

二、仮に被告に本件仮処分によって原告が蒙った損害の賠償義務があるとしても、右損害額は本件物件の売却価格及びこれに対する法定利息に限定されるべきであり、原告主張のような得べかりし利益の喪失による損害は単なる憶測にすぎず、相当因果関係の範囲内の損害ではないから被告にはその賠償義務はない。

三、仮に本件仮処分によって原告がその主張のような損害を蒙ったとしても、原告は右仮処分に対して異議の申立や特別事情による取消の申立等の手続もとらずに漫然とこれを放置して、損害発生の防止につきなんらの措置も講じなかったから、右損害の発生については原告にも重大な過失があり、被告は過失相殺を主張する。

第四、被告の抗弁に対する原告の答弁

被告の過失相殺の抗弁を否認する。

第五、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告の請求原因中第一、二項の各事実は当事者間に争がない。ところで一般に仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であることがその後の本案訴訟の結果明らかになった場合には、右仮処分命令を得てこれを執行した仮処分申請人に右の点につき故意または過失のあったときは、右申請人は民法七〇九条により、被申請人がその執行によって受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、しかも一般に仮処分命令後本案訴訟において仮処分申請人敗訴の判決が確定した場合には、他に特段の事情のない限り右申請人には少くとも過失があったものと推認するのが相当である。しかし右申請人において自己に被保全権利及び保全の必要があると信じてその挙に出るについて相当な事由があった場合には、右申請人敗訴の一事によって同人に当然過失があったということはできないものと解すべきである。

そこで本件の場合についてみるに、≪証拠省略≫によれば、本件の本案訴訟では、雄工社無線の原告に対する商品等の売渡行為は、被告その他の一般債権者を害することを知りながらなした詐害行為にはなるけれども、当時受益者である原告において右売買が詐害行為になることについて善意であったものとの理由で被告が敗訴した事実が明らかである。

そこで本件仮処分当時被告が自己に被保全権利及び保全の必要があるものと信じたことにつき相当の理由があったか否かについて検討するに、≪証拠省略≫によれば、

(1)  雄工社無線が昭和三四年二月二八日に不渡手形を出して閉店した後被告が調査したところ、次の各事実が判明したこと、

(イ)  雄工社無線は閉店の一年位前から資金繰りが悪化していたが、昭和三四年初め頃からは被告からの商品の仕入量も急激にふやしたうえ、当時生産者卸売価格で約三五〇万円相当の仕入商品を市価小売価格の約半額位で金融業者の入江倉庫に入質して高利の融資を受けていたこと、

(ロ)  原告は雄工社無線が閉店した前日の昭和三四年二月二七日頃、当時同会社が手持していた大量の電気製品の部分品や家庭用電気器具等の在庫商品の殆ど全部を、一括してその仕入価格約一九〇余万円の六割弱に相当する代金一一〇万余円で同会社から買受けて、その夜のうちに原告の店舗等にこれを搬出し、かつ雄工社無線の代表者は右売上金を持って行方不明になったため、閉店直後の同会社の店舗には目ぼしい完成品の商品は殆ど残って居らず、かつ同会社には他に債務の弁済にあてるにたりる格別の資産もなかったこと、

(ハ)  また原告は右同日頃、雄工社無線の前記入江倉庫に対する二二五万余円の債務を引受けるとともに、前記入質商品を質受けする権利を僅か一五万円で雄工社無線から譲受けてこれを質受けし、結局卸売価額の約七割程度の安値で右入質商品を取得したこと、

(ニ)  雄工社無線と原告とはいずれも電気器具等の販売業を営む同業者で、双方の店舗も僅か一五〇メートル位しか離れて居らず、以前から互に商品を融通し合う間柄であったこと、

(2)  そこで被告としては、当時の状況からして雄工社無線は計画的に倒産したものであり、かつ同会社の経営状態が悪化していたことや、同会社が被告らに対して多額の債務を負担しながら倒産覚悟で商品を処分したものであることは原告にも十分わかっていたものと判断し、更に原告が雄工社無線から買受けた商品は原告の店頭に置いてあり、他に転売されるおそれもあるため、被告としては雄工社無線に対する当時約八八八万余円にも及ぶ商品売買代金債権の保全のため、仮処分の必要もあると判断したこと、

(3)  このため被告は顧問弁護士にも相談したうえ雄工社無線の原告に対する本件物件の売渡行為は、被告その他の雄工社無線の一般債権者を害することを知りながらなした詐害行為になり、かつ原告は悪意の受益者になるものと確信したので、弁護士に委任して雄工社無線に対する被告の債権を保全するため、詐害行為取消権を被保全権利として本件物件につき処分禁止の仮処分を申請して、これを認容した仮処分決定に基いてその執行をしたこと、

以上の各事実が認められ(る)。≪証拠判断省略≫

従って、以上の各事実からすれば、被告が本件物件の売買行為が詐害行為になり、かつ原告が悪意であったものと判断し、自己に詐害行為の取消権があるものと信じて原告を相手方として本件仮処分を申請し、かつその執行をしたことはまことに無理からぬものがあったものというべく、他に原告が右売買が詐害行為であることにつき善意であることを容易に了知させるような特段の事情もないうえ、仮処分の実効性を確保するためにはその隠密性や緊急性の要請も無視できないから、結局以上の各事実によればいまだ被告が本件仮処分を執行したことにつき故意または過失があったものと認めることはできないものというべきである。

従って以上の理由により、原告の本件仮処分による損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二、次に原告の名誉毀損による損害賠償請求の当否について検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告が雄工社無線閉店後の昭和三四年三月中旬頃その福岡支店において、取引先である同市内の主な家庭用電気器具の販売業者一〇数名を集めて、雄工社無線倒産の件につき説明会を開き、同会社がその手持商品の殆ど全部を原告に売渡して行方不明になったが、今後は二度とこのようなことがないように十分注意するようにと話したことが認められるけれども、被告が本件仮処分をしたことが当時の事情のもとではあながち無理からぬものであったことは前認定のとおりであるから、以上の事実のみではいまだ被告が原告の名誉を毀損したものとは認め離く、他に原告の右主張事実を認めるにたりる証拠はないから、原告の右請求も理由がない。

三、以上の理由により、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 富永辰夫)

<以下省略>

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